銅駝美術工芸(京都) 学校沿革

学制改革以降

校名変更歴

1948年:美術→ 1949年:日吉ヶ丘→ 1980年:銅駝美術工芸

通学区域等に関する変遷

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入学年卒業年当時学校名設置者共/別通学区域入試中高一貫卒業生
19781981銅駝美術工芸
19791982銅駝美術工芸
19801983銅駝美術工芸
19811984銅駝美術工芸
19821985銅駝美術工芸
19831986銅駝美術工芸
19841987銅駝美術工芸
19851988銅駝美術工芸
19861989銅駝美術工芸
19871990銅駝美術工芸
19881991銅駝美術工芸
19891992銅駝美術工芸
19901993銅駝美術工芸
19911994銅駝美術工芸
19921995銅駝美術工芸
19931996銅駝美術工芸
19941997銅駝美術工芸
19951998銅駝美術工芸
19961999銅駝美術工芸
19972000銅駝美術工芸
19982001銅駝美術工芸
19992002銅駝美術工芸
20002003銅駝美術工芸
20012004銅駝美術工芸
20022005銅駝美術工芸
20032006銅駝美術工芸
20042007銅駝美術工芸
20052008銅駝美術工芸
20062009銅駝美術工芸
20072010銅駝美術工芸
20082011銅駝美術工芸
20092012銅駝美術工芸
20102013銅駝美術工芸
20112014銅駝美術工芸
20122015銅駝美術工芸
20132016銅駝美術工芸
20142017銅駝美術工芸
20152018銅駝美術工芸
20162019銅駝美術工芸
20172020銅駝美術工芸
20182021銅駝美術工芸
  • 「当時学校名」は各年3月1日を基準とする。新年度より校名が変更された場合、翌年以降それを反映させている。
  • 「通学区域」は全日制普通科について適用されるものに限る。
  • 「中高一貫」について、1999年以前は付属中学校・系列の中学校を持つ学校について一律で「中」と表記。2000年以降は募集形態を示す。
    • 「完」は中学のみ募集を行い高校で募集を行わない学校。
    • 「併」は中学・高校でいずれも募集を行い、中学から全員進学が可能な学校。
    • 「内」は中学・高校でいずれも募集を行い、内部進学枠はあるが中学から全員進学はできない学校。
    • 「中教」は中等教育学校。

指定歴

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種別状況指定年度
データはありません

学科の改廃歴(普通系専門学科・総合学科)

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学科名設置年廃止年備考
データはありません

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